介護日記より~私を変えてくれた、母の「入れ歯紛失事件」!~

「母のショートステイ」
母は、月に一度、2泊3日のショートステイを利用していました。
当時の母は認知症が進んでいて、介護レベルは要介護5になっていました。
体を自由に動かすことも、話すことも、意思表示をすることも難しくなって、日常生活の全てに介助が必要な状態でした。
さらに、排泄用のパウチを付けていること、腰痛サポーターをしていること、歯は総入れ歯で、朝晩の取りつけ取り外しが必要なことなどなど、施設にとっては、正直「手のかかる利用者」だったと思います。
私は、そんな母を預けることを心苦しく感じていたので、「いつかショートステイの受け入れを断られるんじゃないか」
という不安が、いつも心の片隅にありました。
だから、ショートステイから帰ってきた母に何か気になることがあっても、何も言えませんでした。
「うるさい家族」という印象を与えてしまうのがこわかったのです。
母がショートステイに出かけるときは、
「3日間、安全に快適に過ごして、何事もなく帰ってきてくれますように。」
と願いながら送り出していました。
「事件勃発!」
事件は、ショートステイから帰託した母に夕食の介助を始めたときに起こりました。
飲み物を飲んでいる間は問題なかったのですが、ごはんやおかずを口に入れた途端に、食べにくそうに口をもごもごし始めたのです。
「どうしたの?ちょっと口の中見るね。」と母の口を開けてみて、私は呆然としてしまいました。あるはずの入れ歯がないのです。それがないと食事ができません。
私は慌てて口の中に入っている物をかき出し、ショートステイのカバンの中を探しましたが、いれ歯はどこにもありません。
私はとりあえず母にミキサー食を食べてもらい寝かせてから、連絡を待ちました。
施設に問い合わせると、電話の向こう側も驚いた様子で「これから探します!」と慌てて電話を切りました。
「入れ歯が見つからなかったら、これからどうしたらいいのか・・・。」
私はなすすべもなく、絶望的な気持ちで待つしかありませんでした。
「事件は解決!でも・・・」
夜9時頃、施設の所長さんから「入れ歯、見つかりました!」と連絡があり、直接届けてくれました。
入れ歯が戻ってきたことにほっとすると同時に、一方で釈然としない思いが湧いてきました。
所長さんの説明を聞いて、私は愕然としました。
「1日目の担当者が、入れ歯を洗浄用のコップに入れたまま洗い場に置き忘れて、
2日目の担当者との引継ぎがないまま朝食が始まり、
母は、2日間入れ歯なしで食事をしていた。」というのです。
「2日間入れ歯なしで食事をさせていた?介助しながら気づかなかったの?」
私は、こみ上げてくる怒りを抑えることが出来なくて、とうとう所長さんに不満をぶつけました。
「何もなかったからよかったけど、母が食べ物をのどに詰まらせてしまったらどうするんですか?母は自分で訴えることができないんですよ。」
私は言いながらますます怒りがつのり、声を震わせて訴えました。
「言ってしまったあと・・・」
所長さんは、私の様子に驚きショックを受けたようでした。
「これからは、二度とこのようなことがないように、職員に徹底させます。」
とひたすら謝って帰っていきました。
所長さんが帰った後、私の怒りも徐々に収まり、落ち着いて考えられるようになりました。
「言い過ぎたかなあ・・・。」
「これで、母のショートステイを断られてしまうかも。」
と、しばらく自己嫌悪に陥ってしまいました。
でも、不思議と心はスッキリしていました。
言いたいことを言えたという、満足感があったのです。
「予想外の変化」
その後、予想に反して、職員たちの対応が変わりました。
これまで以上に母の様子に気を配ってくれるようになったのです。
送迎のときも声掛けやこまめな報告をしてくれるようになり、安心して母をお願いすることができるようになりました。
私自身も、「職員は母の状態を知っていて当然!」という思い込みを手放して、ショートステイをお願いするときは、「お願いしたいことや気をつけてほしいこと」をメモして渡すようにしました。
それからは、職員との距離が縮まり話しやすくなり、母の相談もできるようになりました。
「事件が教えてくれたこと」
これまでの私は、何か気になることがあっても、
「我慢したほうが平和だし、いい人でいたほうがいい。」
そう思って、自分の気持ちをしまい込んでいました。
でも事件後、その考えは変わりました。
「愛する人を守るためには、我慢していい人にならなくてもいい。うるさい人だと思われてもいい。嫌われてもいい。」と思えるようになったのです。
今、心の底から思います。
「あのとき、我慢しなくてよかった!思っていることを言えてよかった!」と。

